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「人の不幸はミツの味!」 他人の不幸が気になる理由とは

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給湯室で話すOLのイラスト

 

 

とかどうでもよくて、好きなことを好きなように書かせていただいている、はてなブログさんには感謝しかありません。いつか、自分の書き溜めたことがまとめられるといいなとか、誰かにちょっと元気になってもらえれば本当にうれしいなとかそんなことを思っています。

 

さて、しょっぱなからネガってみたのですが、こうやってちょっと不幸なことを書くと、なぜか人目をひきます。

 

昔から「人の不幸はミツの味」なんて言葉もあるくらい、人間は他人の不幸に対して敏感です。それはいったいなぜなのでしょうか。

 

今日はそれについてのいくつかの説を集めました。

 

1、自分より不幸な人を見て安心する

  明らかに自分よりもひどい境遇の人を見て、「まだ、自分の方がましか」と胸をなでおろすことができる。

 

2、自分のほうが不幸と感じて自分自身を演出する

  こういった人、たまにいますよね。

「うちの旦那がひどくって、家事とかなーんにもしてくれない」って言うと、

「うちのなんてその上、金遣いも荒いし、体臭もくさい!」とか重ねてくるタイプ。

 

相手のネガティブな発言を漏らさず、さらに上回ろうとするのは自分自身がその境遇に耐えている人間なんだぞ、と暗にアピールするため。じつはそこまで不幸に感じておらず、メンタル的に優位性を保つ行動。

 

 

3、自分がその不幸に合わないよう、危機回避のために情報収集する

「株に手を出して大損こいた」

「せっかく稼いだのに税金が多く取られて苦しい」

「結婚なんて人生の墓場だよ」

「子供が生まれて家計が火の車」

 

こんな発言が気になってしまうのは、”自分は同じようにならないように”と思うから。

 いろいろなタイプの不幸を回避するために先達の意見を集める。

 自分の人生、失敗をしたくないと強く思う人ほど、他人がどういうことで失敗したか情報を集めがちです。

 

 

 

人の不幸を超えて

いろいろな説を見てきましたが、どれもメンタル的に落ち着くため、優位に立つためにありそうです。

 

ただ一方で、こうやって人の不幸ばかり見ていると、どうしてもその場で立ち止まってしまいがち。

 

「あー、あんな不幸になりたくない。自分でってこんなしんどいんだし。つーかみんな同じ失敗するならそもそもやんなきゃよくない?」

的な思考、なんかよく巷で見るような気がします。

 

株や不動産などの投資に踏み出さない人が多い理由(お金に関しては成功者も多いので最近はそうでもないですが)は「人の不幸はミツの味!」の延長かもしれませんね。

 

ただ誰かの不幸を見て立ち止まっている間にも世界は回って、逆に幸せに動いている人がより幸せになっていきます。

 

もちろん変な選択をして失敗してほしくないですが、日本中の誰しもが色んな人の不幸(言い換えれば失敗例)を超えて、自由に、幸せになるよう一歩踏み出せるようになっていくといいですね!

 

人の不幸は蜜の味、人の不幸に敏感な理由でした~。

 

いつも読んでくださってありがとうございます!